2017年1月5日木曜日

「海辺のとらや」絶賛連載中!

ヒグチヒロヤスのブログ「海辺のとらや」始まってます。
新年号も熱い、濃い内容です。

是非、ご訪問ください。

2016年2月7日日曜日

共有したい風景























立春を迎えました。
でも十勝の春はまだまだずっと先です。
長く厳しい冬ですが、風景の素晴らしさは圧倒的です。
夜明けの時間、日が沈むころ、そして月が本当に美しい。
海の上の月も好きですが、透きとおった冬の、この場所の月は、
とても静かに、あたたかく照らしてくれます。

そんな風景に出逢うと、誰かと共有したくなります。
ただただ、そう思う風景があります。

日々のいとなみ、うつろう時間、そこにある風景。
ふとした瞬間、誰かと共有したい、そんな空間をつくりたいといつも思います。

2014年4月1日火曜日

継承・敬承・形象


残雪の道東では追い込みに入っています。



かつて牛舎で牛を包み込んでいた材が、もうすぐ人を迎え入れようとしています。



はじめて訪れた場所でおもむろに感じるような既視感、
漂着物に浮かぶ望郷の思い、
なぜか涙が出そうな懐かしい味、
図面が現実の空間になる時に体験する感覚です。



この場所にずっと立っていた材料が、その感覚をはるかに超えるように、この場所の記憶をずしんと示してくれます。
この場所にあった、これからも受け継いでいく、意図にはかなわない偶然のような有機的なつながり。

2013年10月29日火曜日

舟が近づく処

台湾東北部・蘇澳・南方澳の外海。



















台湾の東海岸は、
富士山より高い山々からすべり降り
海の底まで突き刺さる断崖が
南の方から延々と続いてくる。
海底もぐっと深くえぐれている。
途中、
ほんとにわずかながらもまとまった平地が台東と花蓮。

そして、ほぼ北端まで来てようやく現れるのが東海岸最大の蘭陽平野。
南方澳はその三角形の平野の南端。

つまり、写真右手の海に刺さる山こそは、
南から延々と続いて来た断崖が、
まさに最後に着水する末端を見ていることになります。

遥か舟でこの島に巡って来た海の人びとが、途切れなく続く断崖の果てにようやく見た風景でもあります。




2013年4月30日火曜日

夜霧にむせぶ、、、。

四月半ばの根室・納沙布岬。
空は晴れてても、海べりには濃い霧。

風が強く、やせた土地で、ミズナラは風に歪みながらも低く低く踏ん張っている。
北方領土の島々も、遥か霧の彼方。
港もすっぽり霧の中。

日本という視点に立つと東の果て、雰囲気としても最果て感満点。
海の幸も陸の幸も、さっぱり何も無いこの時期にこの地を訪れることもそうあるもんじゃありません。
でも、この地にも春はそこまで来ています。
この日、今季初のサケマス船が満を持して出航。
ロシア船も来てる。夏になったらカニシーズン。
この場所にはこの場所のリズム。

「ノサップ」はアイヌ語で「岬のそば」。
地の果てでも国境でもなんでもない。ほんのご近所、日常の一部、ここはここ。
さすが、土地はどこまで行っても誰のものでもない、というアイヌのグローバル観。
そんな考え方であれば領土問題もないんでしょうけど。
「はしっこ」という見方は、偏った視点から生まれる。
飛び立つ向こうは世界のはしっこなのか、真ん中なのか?
無方向感覚の霧の中、
こんな季節、こんな天気のこの場所では、
先入観を閉じれば意識は自由に、
上下左右天地無用、世界も逆さま、新しい視点が見えてきます。












2013年3月4日月曜日

視点を変えてみるーはしっこシンポー






高知西端・柏島を拠点に活動する「黒潮実感センター」が法人化10周年を迎え、記念シンポジウムが開催されました。

海洋生物の研究から始まり、16年間この地に根ざした活動を続けているセンター長の神田さんは、私たちがいる環境が、切れ目無く海から山まで一体となって繋がっていることを伝えてくれています。

海から山へ、そしていとなみへ。
発見と実践、そして持続。
素晴らしい活動を続けられています。

その活動の軌跡を聞いているうちに、ふと、海から陸地に上陸した生物の遠い歴史が思い浮かんできました。無意識のうちにその歴史をなぞっているようにも感じられました。

よくよく考えてみれば、
えら呼吸をしていた生物が上陸するという進化、あるいは壮大な冒険というべきその過程は、想像を絶するとしか言いようがありません。

でもそれは、こちらから海を見ているのでは見えないというだけで、
もしかしたら、海の中から見ているものたちには、
その海の中も陸の上も、疑うこと無くすべては繋がっているものだと体感的にわかるのかもしれません。

そう仮定してみると、彼らの冒険が、揺るぎなき確信に裏付けされたものであったのだろうと感じられます。
柏島の海に飛び込んだ神田さんも、そこでその記憶を回想したのかもしれません。

視点を変えてみる。
鳥の目で、虫の目で、魚の目で。
とても大切なことです。

よく言われる言葉ではあるかもしれませんが、
三年前に師匠が言っていました。
一週間前にふと感じて書き、3日前に校長先生が卒業生に伝えているのを聞き、2日前には神田さんもシンポジウムで。
そして昨日古本屋で本を買って汽車の中で読んでいたら、言葉は違うけどそんなことが。

偶然にしては、、。
自分の身体の中にブンブンブン、と響き続けています。


2013年2月17日日曜日

場所の記憶

掘って焼いて練って塗る。
掘って練って焼いて葺く。
漆喰と瓦です。
どちらもこの足元の大地から出来ています。
高知は良質の石灰岩が豊富で、南国市稲生は古くから石灰の生産が盛んなところ。
この山から多くの石灰岩が採掘されました。
石灰は土佐漆喰の原料です。
町のあちこちで美しい石灰岩の石積みも見られます。
石灰は昔ながらの極めてプリミティブな製法でつくられます。
 岩を掘りだして釜で焼く。
コークスに塩を添加して温度を上げ、焼き上げて行きます。
この釜は斜面を利用した高さ7mのとっくり型の断面で、上から石灰岩と燃料を投入して、下から取り出す仕組みになっており、
焼き上がった石灰岩を下から取り出すと、順番に下がって行きます。
そしてまた燃料と石灰岩を投入していく。
こうして出来た石灰をつかう土佐漆喰の特徴は、厚塗り出来ること。
この辺りの民家の壁も、無垢の漆喰で塗り固められています。
掘って焼いて練って塗る。
そしてまた土に還っていく。
その場所に生まれ、そしてまたその場所に還っていく。
エコロジーやバナキュラーといった言葉ともちがう、もっと有機的ないとなみのサイクル。
それぞれの場所にある、その場所の記憶。
ひともその一部にあることを自覚すれば、世の中変わりそうです。
かくいう自分は、そんなそれぞれの場所の記憶が知りたくて、
どうも地に足がついていないようです。
たぶん海洋民族なんでしょう。